海外バレエレポート(イタリア)25
カルラ・フラッチ追悼ガラ公演
2021年5月27日、スカラ座が生んだ20世紀の大バレリーナ、カルラ・フラッチが、多くの人に惜しまれつつ、82歳でこの世を去りました。ようやくコロナウィルスも下火になり、2022年4月9日、ついに彼女に捧げる一晩限りの豪華なガラ公演が実現しました。
日本の若い世代の方々は、彼女のことをご存じないかもしれませんので、簡単にご紹介しますね。カルラ・フラッチは1936年ミラノに生まれ、スカラ座付属バレエ学校を経て、1954年にスカラ座バレエ団に入団、2年後にソリスト、4年後にプリンシパルに任命されます。その後、世界中で踊るようになり、バレリーナとして確固たる名声を築きました。特に彼女のジゼルは今でも伝説となっているほどです。YOUTUBEなどで簡単に見られますので、ご存知ない方はぜひご覧ください。フラッチのジゼルは、2022年の今見ても、その自然さ、可憐さ、儚さにおいて、彼女の右に出るものはいないと言っても過言ではありません。
このように、我らがスカラ座から生まれた大バレリーナの追悼公演とあって、内容はこれでもかというくらい盛りだくさん! フラッチと関係が深い13もの演目がズラッと並び、休憩を含んで3時間という、異例の長さのガラ公演となりました。
その13の演目はこちら。1. ジゼル、2. エクセルシオール、3. シェリ、4. ロメオとジュリエット、5. メリー・ウィドウ、6. くるみ割り人形、7. ラ・ストラーダ、8. ラ・ペリ、9. カチューシャ、10. 恍惚の時、11. 眠れる森の美女、12. オネーギン、13. シンフォニー・イン・C。
皆さんに馴染みのない演目がいくつかあると思いますので、今回はそれらについて簡単にご紹介したいと思います。
2番目のエクセルシオール(Excelsior)。イタリア語ではエクスチェルシオールと発音します。このバレエは1881年にスカラ座で初演され、イタリア発のバレエとしては最も成功したバレエで、スカラ座バレエ関係者の間では知らない人はいません。振付けはルイージ・マンゾッティ、音楽はロムアルド・マレンコ。19世紀の科学の進歩を讃える内容で、登場人物は、光、文明、闇など抽象的なもの。変わった作品ではありますが、スカラ座バレエ団の歴史とは切っても切れないバレエです。
3番目のシェリ(Chéri)。フランスの女性小説家コレットの同名の小説を基に、プーランクの音楽にコレットと個人的にも交友があったローラン・プティが、フラッチのために振り付けた、フランスの粋を集めたような、思いっきりロマンティックで甘い、とってもおしゃれな作品。
5番目のメリー・ウィドウ。メリー・ウィドウと言えば、レハール作曲のオペレッタで有名ですが、これはそのオペレッタを基に、1975年にオーストラリア・バレエ団が創作したバレエ。振付けはロナルド・ハインド、レハールの音楽の編曲をジョン・ランチベリーが手がけました。オペレッタ同様、非常に華やかで優雅な楽しい作品です。ロベルト・ボッレとマリアネラ・ヌニェスが踊りました。
7番目のラ・ストラーダ(La Strada)。日本語では「道」。このタイトルから映画好きの方はピンと来るかもしれません。このバレエは、まさにイタリア映画界の巨匠フェデリーコ・フェリーニの同名の映画を基にしたバレエ。振り付けはマリオ・ピストーニ、音楽はニーノ・ロータ。1967年にスカラ座で初演された際、その時主役のジェルソミーナを務めたのがフラッチでした。
8番目のラ・ペリ(La Péri)。1843年パリ・オペラ座初演、ピアノを習ったことがある人なら絶対に弾いたことがあるはずの、あのフリードリヒ・ブルグミュラーの音楽に、ジゼルの振付で有名なジャン・コラーリが振り付けた作品。シルフィードのように羽を付けた美しい妖精と若者が恋をするお話です。
9番目のカチューシャ/カチューチャ (Cachucha)。一般的にカチューシャとは、カスタネットやギター、時には歌をも伴う19世紀のスペインの踊り。その名の通りカチューシャと名付けられたこのヴァリエーションは、1836年パリオペラ座で初演された「びっこの悪魔(The Lame Devil)」というバレエの中のもの。ファニー・エルスラーというオーストリア出身のダンサーが踊り、大成功を収め、後にこのヴァリエーションが単独で踊られるようになったとのこと。フラメンコを彷彿とさせる、カスタネットを使用した官能的なヴァリエーションです。
最後に、10番目の恍惚の時 (L’Heure Exquise)。1998年、モーリス・ベジャールがサミュエル・べケットの劇作品「しあわせな日々(Oh les beaux jours)」に着想を得て、フラッチのために、マーラーの音楽に振り付けた作品。歳を重ねたバレリーナのウィニーが、メランコリックな孤独の中で、過去の幸せだった記憶を辿ります。フラッチの後を継いで、自身もジゼルで名高いアレッサンドラ・フェリがハンブルク・バレエ団のカーステン・ユングと共に各地でこの作品を踊っています。
今回は、有名ではない作品の解説で終わってしまいましたが、ロベルト・ボッレ、マリアネラ・ヌニェス、アレッサンドラ・フェリ、カーステン・ユングを始め、スーパースターが勢揃いのお腹いっぱいの一夜となりました。ただ、ロシアのウクライナ侵攻の影響で、ボルショイ劇場のプリンシパルのザハーロワは出演しませんでした。また、同じく元ボリショイ劇場のプリンシパルで、今回の母国の一連の行動を批判し、オランダ国立バレエ団に移籍したオルガ・スミルノワも、移籍したばかりで忙しくリハーサルの時間が取れないとのことで出演しませんでした。両者どちらのケースにせよ、素晴らしいバレリーナのパフォーマンスを戦争が原因で見ることができないとは、なんと悲しいことでしょう。複雑な国際情勢を前に、至って平凡すぎる意見であることは重々承知の上で、芸術を純粋に愛好する者として、一日も早く事態が収束し、全ての国のアーティストが全ての国で自由にパフォーマンスできることを祈らざるを得ません。
記事:川西麻理